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模倣は悪か?
また日記更新の間があいてしまった。
一度サボり出すと、次に更新する際の内容は面白くないとと思ってしまう。そうすると更に更新のハードルが上がってしまい、ずるずると更新が滞るという悪循環。というわけで、これからは自分のなかで消化しきれていないことや、あんまり内容のないことも、そのまま書くことにする。公開されているとはいえ、所詮は自分の日記だし。ということで、今回はまだ自分でもうまく消化しきれてない考えを、そのまま書き連ねてみる。
最近いろいろ考えさせられたのは、中村勇吾さんの日記にあった、coding 2006というエントリー。気持はわからないではないが、うーん、なんだかちょっと違和感。
さすがにそのままパクるのは良くないが、あるブレークスルーとなった表現から派生していろいろなクローンが生まれてくるのも、まあ当然のことなんじゃないだろうか。別にAS3のソースコードをそのままコピーしたわけではなく、表現を模倣しているだけなのだし。そもそもアルゴリズムを用いた「かつての素朴なプログラミングアート」に「作家性」なんてあるのだろうか?
Flashを使った表現のほとんどは、過去の巨大な遺産の上に成立している。例えば画面上をクリックしたら反応するという基本的なインタラクションだって、過去の偉大な発明からの流用だ。プログラムを用いた表現のどこからどこまでが自分のオリジナルなのかって、難しい問題だと思う。
なんだか、構造としては音楽のどこまでが「パクり」なのか、という疑問に似ているのかも。作曲家は、天から降ってくるように無の状態から音楽を作ってるわけではない。極論してしまえば、ほとんどのヒット曲は西洋和声の構造の伝統の上にちょっとだけオリジナリティーをつけ足しただけじゃないか、という考え。
個人的には、プログラミングアートの世界は「作家性」とか「オリジナリティー」といったことを声高に主張しあう排他的な世界より、ニコニコしながら作者に報告する文化のほうが、健全でいいんじゃないかと思うし、今後もそうあってほしいと思う。