芸大 – 人工知能と創作 2025
最終課題制作のヒント4 – AI Creative Future Awardsの受賞作品紹介

本日の内容
今回は、最終制作のヒントとして、先日初回の結果が発表されたAI Creative Future Awardsの受賞作品を紹介します。今どのようなAIを活用した作品が評価されているのか、実際の受賞作品を紹介しながら考えていきたいと思います。

AI Creative Future Awardsについて
AICA(AI Creative Future Awards)は、2025年にローンチされた日本発の新しいクリエイティブアワードです。AIによる表現が人の感覚や社会にどんな新しい可能性をもたらすのかを探るものであり、贈賞そのものよりも、議論・対話・記録を重視しています。
初年度(ゼロ期)は、世界中のAIクリエイティブをAICA側がリサーチ・キュレーションし、時代を象徴するプロジェクトを選出する形式をとりました。AI表現の現在地を俯瞰し、議論の土台をつくることを目的としています。
AI Creative Future Awards – FAQ
議論メンバー
- 清水 幹太(Chairman / BASSDRUM テクニカルディレクター)
- 緒方 壽人(デザインエンジニア)
- 徳井 直生(アーティスト / AI研究者)
- 戸村 朝子(プロデューサー / 株式会社ARTn代表)
- 三宅 陽一郎(立教大学大学院 人工知能科学研究科 特任教授)
- AKI INOMATA(アーティスト / 武蔵野美術大学客員教授)
- 土屋 泰洋(リサーチャー / Dentsu Lab Tokyo)
AI Creative Future Awards – 議論メンバー
受賞作品の概要とその評価
受賞した作品について
- 作品の概要
- 使用されているAI技術
- 評価されたポイント
についてまとめていきます
Grand Prix: Cyber Subin: Evolving Cultural Heritage through Human-AI Co-dancing

作品の概要
本作品は、タイの伝統舞踊とAIを高度に融合させた「Human-AI co-dancing(人間とAIの共創ダンス)」のプロジェクトである。タイ語で「Subin(夢)」を意味する本作は、世界的な振付家ピシェ・クランチェン氏と、MITメディアラボのパット・パタラヌタポーン氏らによる共同制作によって誕生した。伝統舞踊の身体技法をAIが学習し、仮想のパートナーとして人間のダンサーとリアルタイムで共演する実験的なパフォーマンスである。
活用されているAI技術
技術面では、伝統舞踊の形式知をアルゴリズムへと変換する独自のアプローチが採用されている。
- 身体原則のモデル化: タイ舞踊の基本となる59のポーズを分析し、そこから抽出された「6つの原則」を計算モデルとして構築している。これにより、AIは単なる動きの模倣ではなく、舞踊の物理的・文化的論理に基づいた動きを動的に生成する。
- リアルタイムの対話システム: 音声制御などのインターフェースを通じて、ダンサーや振付家がAIのパラメータを即興で調整できるシステムを構築している。AIは一方的に動きを提示するのではなく、人間の動きに対して「問いかけ」や「抵抗」を行う対話的なエージェントとして機能する。
コメント
タイの伝統舞踊とAIを結びつけ、人間とAIが共に踊るという挑戦的な試みを高く評価した。ダンサーの確かな技術によって、作品としてのダンスの質がしっかりと担保されている点も特筆に値する。
また、タイ伝統舞踊の身体原理や所作をCG上でモデル化し、視覚的かつ分析的に提示している資料も非常に興味深く、文化的・技術的両面から新しい理解をもたらすものであった。
Domestic Data Streamers, Synthetic Memories

認知症患者や高齢者が抱く「写真に残っていない記憶」をAIで可視化し、失われた家族のアルバムを再現する試みである。対話を通じて記憶の断片を抽出し、画像生成AIを用いて修正を繰り返すことで、対象者の内面にある情景を具体化する。単なる画像生成を超え、人々の尊厳や心の平穏に寄り添うセラピー的な役割も果たす。
- 使用技術: 画像生成AIを活用し、対話に基づくプロンプトの調整とフィードバックのループによる記憶の精緻化。
- 評価ポイント: AIを高度な計算機ではなく、対話を促し記憶を救い出す「共生」のメディアとして定義した社会的意義。
Deviation Game

人間が「AIには認識できないが、人間には正解が伝わる」絶妙なラインの絵を描き、AIと対決するお絵描きゲームである。AIが学習データのパターンに依存している特性を逆手に取り、そこから「逸脱」することで勝利を目指す。遊びを通じて、AIの認識アルゴリズムの限界と、人間ならではの文脈理解や創造性を直感的に理解させる。
- 使用技術: AIによるリアルタイム画像認識・分類技術。AIが予測するカテゴリーの確率分布を可視化。
- 評価ポイント: AIの「限界」を遊びのルールに変え、AI時代の新たなリテラシー教育をエンタメとして成立させた点。
九段理江 / 博報堂他, 九段理江に95%AIで小説書いてもらってみた。

芥川賞作家の九段理江氏が、本文の95%をChatGPT(GPT-4)に委ねて執筆した短編小説プロジェクトである。作家による執筆プロセス(プロンプトの全履歴)を公開し、AIとの対話の中でいかにして文学性や作家性が立ち上がるかを検証した。AIの「空虚さ」や「非人間的な文体」を逆手に取り、批評的な奥行きを持つ作品へと昇華させている。
- 使用技術: 大規模言語モデル(LLM)を用いた「生成→評価→指示」の高速リライトサイクル(チェーン・オブ・リライト)。
- 評価ポイント: 著作者性の境界を揺さぶり、AI時代の「書くことの価値」を問い直した極めて批評性の高い文学的実験。
Nao Tokui他, Neutone Morpho — Real-time AI Audio Plugin and Platform

演奏される音色を、AIを用いてリアルタイムで別の音色へと変換するオーディオプラグインである。ピッチや音量を保ちながら、楽器の音を環境音や架空の音へと瞬時に変容させ、既存の楽器の概念を拡張する。クリエイターが自らAIモデルを学習・公開できるプラットフォームも備え、音楽制作におけるAI活用の民主化を推進している。
- 使用技術: リアルタイム音色変換(トーン・モーフィング)と、ユーザー独自のモデル学習を支援するクラウド基盤。
- 評価ポイント: 音楽表現における「即興性」や「身体性」をAIに持ち込み、新たな楽器としての可能性を提示した実用性。
Dan Moore他, The Great American Pastime

アメリカ文化の象徴である野球を、AIを用いて無限に再解釈し続ける映像作品である。過去の膨大な試合映像や文化的イメージを学習させたモデルが、実在しないが「野球らしさ」に溢れたシーンを絶え間なく生成し続ける。永遠に続くループの中で、我々が抱くノスタルジーや文化的儀式の本質を浮かび上がらせる。
- 使用技術: 無限のループ映像を生成する独自の拡散モデル(Diffusion Model)とデータ学習技術。
- 評価ポイント: 文化的アイコンをAIで再構築し、デジタル時代における「永遠のノスタルジー」を視覚化した芸術的表現。
Circus Grey他, Natural Intelligence

AI生成画像が氾濫する現代において、あえて「現実の風景」をプロンプト風のテキストと共に提示した広告キャンペーンである。一見AIが生成した超現実的な景色に見える写真は、全て実在する場所で撮影されたものである。AI時代の視覚体験を逆手に取り、写真というメディアが持つ「真実性」や「現実世界の豊かさ」を再認識させる。
- 使用技術: 画像生成AIのプロンプト構文を用いた、写真表現と広告コミュニケーションの再定義。
- 評価ポイント: AI技術そのものではなく、AIブームという「文脈」を巧みに利用して現実の価値を訴求した逆転の発想。
藤村憲之, 那珂湊駅と話す2.0

那珂湊駅という「場所」そのものと対話ができるAIインスタレーションである。駅の歴史や地域の記憶を学習したAIが、駅舎の「人格」として訪問者と会話を交わす。デジタルツイン的なアプローチにより、物理的な場所と人間の間に新しい感情的な繋がりを創出し、地域のアイデンティティを再定義する試みである。
- 使用技術: 地域の歴史データを学習させた大規模言語モデルと、音声合成・認識を組み合わせた対話システム。
- 評価ポイント: 場所という物理的存在をAIで擬人化し、観光や地域活性化に新たな視点をもたらした体験デザイン。
evala, Studies for

音響アーティストevala氏の過去の空間音響作品を学習したAIによる、新たな空間音響の生成実験である。AIが作者特有の音の配置や質感の癖を抽出し、人間では思いつかないような新たな音響空間を提示する。人間とAIが創作のプロセスを共有し、アーティストのスタイルを拡張・解体していく試みである。
- 使用技術: 独自の音響空間データを学習したサウンド生成AIと、マルチチャンネル音響出力システム。
- 評価ポイント: 聴覚表現におけるAIの可能性を追求し、作家の個性をデータ化して拡張しようとする前衛的な姿勢。
Qosmo, Spot-if-AI

Spotify上の楽曲がAI生成されたものかどうかを判定するブラウザ拡張機能である。AIコンテンツがストリーミングサービスを埋め尽くす「AI Slop(AIの泥)」現象に対し、楽曲の透明性を高めることでアーティストの権利と音楽エコシステムを守ることを目的としている。ユーザーに聴取の選択肢を与え、プラットフォームの姿勢に問いを投げかける。
- 使用技術: 音声波形からAI生成特有のパターンを検知する深層学習モデルのローカル動作実装。
- 評価ポイント: AIの負の側面に対する実践的な解決策を提示し、創造性の倫理と透明性に寄与する技術的貢献。
安野貴博+チーム安野,「チーム安野」東京都知事選プロジェクト

2024年東京都知事選における、AIエンジニア安野貴博氏によるデジタル民主主義の実験である。「AIあんの」というアバターを通じて、有権者数千人の質問に24時間体制で答え、政策へのフィードバックを収集した。個別の声を政治に反映させるためのインターフェースとしてAIを活用し、民主主義のアップデートを試みた事例である。
- 使用技術: 政策集を学習させたRAG(検索拡張生成)ベースの対話AIと、音声合成アバター技術。
- 評価ポイント: 政治参加のハードルをAIで下げ、テクノロジーによる社会変革の具体的かつ力強いモデルを示した点。
諸星 岬他, 『モンスターハンターワイルズ』筋肉シミュレーションの機械学習

ゲーム『モンスターハンターワイルズ』における、機械学習を用いたモンスターの筋肉シミュレーション技術である。物理演算だけでは困難だった複雑な筋肉の収縮や揺れを、事前学習したモデルによって軽量かつ高精度に再現する。架空の生物に圧倒的な生命感とリアリティを吹き込み、没入感の高いゲーム体験を実現している。
- 使用技術: 筋肉の物理挙動を近似するニューラルネットワークを用いたランタイム・シミュレーション。
- 評価ポイント: エンタメ分野でのAIの実用化において、最高峰の技術力と職人的なこだわりが結実している点。
Scott Allen, Unreal Pareidolia -shadows-

影の中に特定のパターンを見出す心理現象「パレイドリア」をAIで増幅させるインスタレーションである。カメラが捉えた何気ない影の形から、AIが動物や顔などの意味を見出し、プロジェクションによって可視化する。人間の知覚の曖昧さと、AIのパターン認識の特性を重ね合わせ、現実と非現実の境界を問いかける。
- 使用技術: 入力映像からリアルタイムでパターンを検出・変換する、画像認識および生成アルゴリズム。
- 評価ポイント: 人間の認知の癖をAIで拡張し、日常の見慣れた風景を驚きに満ちた芸術体験へと変容させた点。
飯田羊 / 株式会社電通他, おぼえたことばのえほん

子供が覚えたての言葉を入力すると、その単語をテーマにした世界に一冊だけの絵本をAIが自動生成するサービスである。親子のコミュニケーションを軸に、AIが子供の語彙形成や想像力の発達を支援する。技術を冷たい自動化ではなく、家族の物語を編むための温かなツールとして活用している点が特徴的である。
- 使用技術: 児童向けに適した語彙を制御する言語モデルと、一貫性のあるキャラクター描写を実現する画像生成AI。
- 評価ポイント: AIを日常の教育や育児に自然に溶け込ませ、創造的な体験を家族に提供するプロダクトデザイン。
Leo Mühlfeld他, Large Language Writer

文章執筆において、AIが生成する言葉を単に受け入れるのではなく、人間とAIが「縫い目(seam)」のある相互作用を行うためのインターフェース研究である。AIの提案を疑い、取捨選択し、あるいは意図的にズラすプロセスを重視する。便利さの追求ではなく、あえて不自由さや摩擦を残すことで、人間の思考を深める執筆の在り方を提案する。
- 使用技術: 執筆者の意図を反映しつつ、多様な視点を提示するLLMの制御インターフェース開発。
- 評価ポイント: 「AIに書かせる」のではなく「AIと共に考える」ための道具の在り方を追求した、デザイン思想の鋭さ。
Yuqian Sun他, AI Nüshu

中国・湖南省で女性たちの間で密かに受け継がれてきた文字「女書(Nüshu)」をAIで復元・拡張するプロジェクトである。失われつつある独自の文化形式をAIに学習させ、現代の文脈で新しいメッセージを生成できるようにする。文化の死を防ぐだけでなく、AIを通じてその精神性を現代に再活性化させる試みである。
- 使用技術: 希少言語や独自文字の構造を学習・生成する、特化型の大規模言語モデル。
- 評価ポイント: 絶滅の危機にある文化をAIで救い上げ、未来へと受け渡す「デジタル・アーカイビング」の先駆的事例。
Dentsu Lab Tokyo, FANTOUCHIE: Generative Haptic AI

入力した言葉のイメージに基づいて、AIがリアルタイムで「触覚」を生成するシステムである。例えば「ふかふか」「刺すような」といった言葉から、それに対応する振動や圧力を振動素子を通じて提示する。視覚や聴覚に偏りがちなAI表現を、皮膚感覚というより原初的な身体領域へと拡張する挑戦的な試みである。
- 使用技術: 言語概念と物理的な振動パターンを紐付ける、マルチモーダルな生成AIモデル。
- 評価ポイント: AIが「質感」を理解し、物理的な感覚として人間にフィードバックする新たなインターフェースの可能性。
朝日新聞社, AI短歌プロジェクト
日本最古の公募歌壇「朝日歌壇」の膨大なデータを活用し、AIと歌人が共創するプロジェクトである。過去の名歌を学習したAIが短歌を生成し、それを歌人が批評・添削することで、短歌という定型詩の表現の極北を探る。伝統的な韻律とAIの意外性が衝突し、言葉の持つ感性を再発見する場となっている。
- 使用技術: 1995年以降の入選歌約5万首を学習させた短歌生成モデルと、感情に基づく検索エンジン。
- 評価ポイント: 100年以上の歴史を持つ文化をAIで再解釈し、創作の本質を歌人と共に問い直した文学的・社会的な活動。
Jacob Adler, Total Pixel Space

「あらゆるデジタル画像が含まれる全ピクセル空間」という概念をAIで表現した写真作品群である。過去から未来まで、存在し得た全ての光景がピクセルの組み合わせの中に既に存在しているという哲学的視点を、AIによる膨大な画像生成を通じて提示する。写真という媒体の限界と、デジタル空間の無限性を対比させている。
- 使用技術: 広範な概念を横断的に生成する、大規模な画像生成AIモデル。
- 評価ポイント: 物理的な「撮影」という行為を、情報空間からの「抽出」という概念に変換した現代的な写真論。
dadabots (cj carr, zack zukowski) 他, PROMPT JOCKEYS – The Rise of DJing with a Neural Network

AIモデルをリアルタイムで操作しながらDJを行うパフォーマンス、およびその活動を追ったドキュメンタリーである。AIを便利な自動再生ツールとして使うのではなく、あえてコントロールが難しい複雑な楽器として扱い、演奏を「より困難にする」ことで、AI時代の卓越したパフォーマーの在り方を提示する。
- 使用技術: ライブ環境で音響生成パラメータを動的に操作する、カスタム学習されたニューラルネットワーク。
- 評価ポイント: AIによる「自動化」に抗い、人間の習熟とスキルを必要とする「新しい楽器」への昇華を試みた点。
谷口 恭介他, everies

日常のありふれた物体をスキャンすると、AIがその形状や質感から独自の「キャラクター」を生成し、ARで命を吹き込むアプリである。コップや靴が目を持ち、喋り出す体験を通じて、子供のような好奇心で周囲の世界を再発見させる。AI技術を身近な「魔法」のような体験へと落とし込んでいる。
- 使用技術: 物体認識(Object Detection)と、キャラクターの性格・対話を生成する言語モデル。
- 評価ポイント: 高度な技術を意識させず、ユーザーの環境全体をプレイグラウンドに変える優れたUXデザイン。
Sihwa Park, Diffusion TV

1970年代の古いブラウン管テレビ(CRT)を用い、AIの生成プロセスを可視化するインスタレーションである。砂嵐のようなノイズから徐々に画像が立ち上がる「拡散モデル」の過程を、アナログテレビの物理的な質感と共に提示する。ブラックボックス化しがちなAIの内部処理を、ノスタルジックなメディアを通じて解読(デミスチファイ)する。
- 使用技術: 拡散モデルの生成過程をフレームごとに分解し、アナログ信号に変換して出力するシステム。
- 評価ポイント: 最新の生成技術と旧世代のメディアを衝突させ、AIの物質性とプロセスを詩的に表現した点。
Senaida Ng / Brian Ho, KUNST KAPUTT

AIによって生成された楽曲、映像、3D空間を融合させた没入型のウェブ・エクスペリエンス・アルバムである。音楽制作の全工程にAIを介入させ、AI特有の「バグ」や「違和感」を芸術的なスタイルとして取り入れている。デジタル・プラットフォーム上での新たなアルバムの形態と、AI時代のポップ・カルチャーの在り方を提示する。
- 使用技術: 音楽、歌詞、ビジュアルの生成を一貫して行う複数の生成AIモデルの連携。
- 評価ポイント: AIを補助的に使うのではなく、その特性を全方位的に受け入れ、新しい美的感覚を構築した実験的姿勢。
