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多摩美 – サウンド&ソフトウェアアート 2013

Pd入門2 – 音響合成、Pdでシンセサイザーをつくる

今回から、より本格的にPdで音を扱う方法について解説していきます。今回は音響合成、つまりシンセサイザーが音を合成するしくみをPdで再現してみます。今回は、代表的な音響合成の仕組み「加算合成」「減算合成」「変調合成 (AM、RM、FM)」という3つの方式についてPdで実際にプログラミングしながら学んでいきます。

サンプルファイルのダウンロード

今回の解説でとりあげた、Pdのサンプルは下記のGithubのリポジトリからダウンロードしてください。

今日の内容

前回に引き続きPdの基本を学んでいきます。今回は「Pdでシンセサイザーをつくる」というテーマで進めていきます。

コンピューターが一般に普及する以前から、世の中には多くの電子楽器が存在し、その歴史は100年以上に及びます。そして、現在も進化を続けています。その歴史の中で、様々な音響合成(= 音色を合成する技術)が開発されてきました。

Pdは、音に関する汎用的なプログラミング環境なので、一つの音響合成の方式にとらわれることなく様々な音響合成を実際に音を聞きながら試していくことが可能です。このことで、音響合成に関する知識だけでなく、音や音色に関する理解も深まるのではないでしょうか。

参考: 世界最初の電子楽器「テレハーモニウム (Telharmonium)」

「テレハーモニウム」は、1897年サディウス・ケイヒル(Thaddeus Cahill)によって開発された、世界初の電子楽器です。重さ200トンにも及ぶ巨大なシステムで、電話網を通じて音楽を配信するという、その鑑賞方法も独特のものでした。

テレハーモニウムは、それより以前に存在していたオルガンを参考に、加算合成方式(後述)で音響合成していました。

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音響合成1: 加算合成 (Additive synthesis)

「加算合成」とは、音の足し算による音響合成の手法です。

加算合成は「フーリエ級数展開」をその合成の論理的な基盤としています。フーリエ級数展開を簡単に説明すると「全ての周期的な波形は、基本周波数の整数倍のsin関数とcos関数の重ね合わせにより表現することができる」という定理です。この定理は、フランスの数学者ジョゼフ・フーリエによって熱伝導に関する研究の中で導入されました。

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つまり、基本となる周波数の整数倍のオシレーターを無限(∞)に用意することができ、それぞれの音量を調整できるようにすれば、世の中の全ての周期的な波形を合成できるということを意味します。ただし、実際には無限の数のオシレータを用意することはできませんので、この理論を完全に再現することは困難です。

加算合成による音響合成の歴史は古く、オルガンに用いられている音響合成は加算合成を用いています。また前述したテレハーモニウムも加算合成によって音響合成していました。このオルガンの音響合成を電子的に再現した楽器には1934年にローレンス・ハモンドによって発明された「ハモンドオルガン」があります。

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パイプオルガン

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ハモンドオルガン

Pdで加算合成 1 – 単純な加算合成

まず初めに、単純な加算合成を実現してみましょう。

100Hz、200Hz、300Hz、400Hz、500Hz、600Hz、700Hz、800Hzと100の整数倍のオシレータを8つ用意しています。また音量は倍音が高くなるにつれて少しずつ小さくなるように設定しています。最後にこれらを全て足し合わせて、output~に接続します。

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実際に音を出してみると、オルガンのような音色が生成されます。単純ではありますが、加算合成が実現できました。

Pdで加算合成 2 – 周波数を可変に

このままでは、常に同じ周波数しか鳴らすことができません。パッチに変更を加えて基本周波数(Fundamental Frequency)を変更できるようにしてみましょう。

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Pdで加算合成 3 – 様々な音色をランダムに生成

加算合成では、どのようにして音色が決定されるのでしょうか? それは、それぞれの倍音成分の音量です。

では、加算合成で様々な音色がランダムに生成されるようなパッチに変化させてみましょう。bangを受けとるたびに、0.0〜1.0までの数を生成するようにして、それぞれのオシレーターの音量にパッチしています。

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bangボタンを何度も押して、音色の変化を聞き比べてみましょう。また基本周波数を変化させて、その違いも聞いてみましょう。

Pdで加算合成 4 – 音色の変化をなめらかに

もうすこし工夫してみましょう。音色が一気に変化するのではなく、一定の時間をかけてなめらかに変化するようにしてみましょう。

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ある値から別の値に一定のスピードで(線形に)値を変化させるには「line~」オブジェクトを使用します。「line~」の第1インレットには2つの数値をリスト(スペースで区切った複数の値の集合)として指定します。最初の値が変化する値の最終値、二番目の数値は変化に要する時間をミリ秒で指定します。

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では、この例で用いられている、リストの先頭の「$1」は何でしょうか? 実は、$1は一番目のインレットから入力された数値を意味しています。この工夫によって、一定の時間で毎回違った値へ変化(補完)させることができているのです。

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加算合成の限界

では、この加算合成の方式を応用して、リアルな楽器の音や、梵鐘の音など複雑な音響生成することは可能でしょうか? 現実の音響は、大量の倍音成分や、さらには整数倍ではない不協和な倍音の成分を含んでいます。さらにその倍音成分の音量は常に複雑に変化しており、耳はこれを詳細に聞き分けています。このことは、音のスペクトラム(周波数成分の変化)を観察してみると明かでしょう。

これを、加算合成で再現しようと思うとパラメーターの数が爆発的に増加してしまい、あまり効果的な方法とは言えません。

現実の音を模倣したり、複雑な倍音成分を持った音響を合成するという用途であれば、次回に紹介するサンプリングや分析-再合成といった手法を用いるべきでしょう。

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スペクトラム

減算合成

減算合成 (Subtractive synthesis) とは、加算合成とは逆の音響合成のアプローチです。

加算合成を音の足し算とすると、減算合成は引き算で音響合成していきます。具体的には、まず沢山の倍音成分を含んだ音(ノイズ、ノコギリ波、矩形波)などを生成し、そこから一定の周波数成分だけを通過させる「フィルター」を使用して音色を変化させます。

減算合成による音響合成は、比較的、直感的な音作りが可能です。

フィルターには様々な種類が存在します。

  • ハイパスフィルター (HPF): 高い周波数成分を取り出すフィルター
  • ローパスフィルタ (LPF): 低い周波数成分を取り出すフィルター
  • バンドパスフィルター (BPF): 特定の周波数成分を取り出すフィルター
  • コムフィルター: ある周波数間隔おきの成分を通過させるフィルター
  • マルチバンドフィルター: バンドパスフィルターが複数あるもの

減算合成による音響合成は、アナログシンセサイザーで広く用いられてきました。アナログシンセサイザーでは信号を加工する回路を以下のように呼んでいました。

  • VCO: ボルテージコントロールドオシレータの略。基本波形を作る発振器。
  • VCF: ボルテージコントロールドフィルターの略。波形を加工(フィルタリング)する回路。
  • VCA: ボルテージコントロールドフィルターの略。波形を加工する回路。

これは、まさに減算合成による音響合成と言えます。

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Pdで減算合成 1 – ノイズをフィルタリング

では、まずノイズを生成して、LPF、HPF、BPFそれぞれのフィルターを試してみましょう。

ノイズ(ホワイトノイズ)は、とても特殊な信号で全ての周波数成分を均等に含んでいます。ですので、ノイズをフィルタリングすることで、音を彫刻するかのように音色を形作っていくことが可能です。

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HPF、LPF、第1インレットの値は、フィルタのカットオフ周波数を指定しています。また、BPFは、第1インレットがフィルタの中央値、第2インレットの値がフィルタの幅(バンド幅)を指定しています。

Pdで減算合成 2 – ノイズをフィルタリング

では、もう少し実用的な減算合成のサンプルをつくってみましょう。複数のノイズを発生させ、ランダムな周波数でバンドパスフィルターを通過させています。結果としてフルートから息が漏れるような、複雑な音響が実現されています。

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変調合成

変調合成とは、ある波形(オシレーター)を、もう一つ別の波形(オシレーター)で影響を与えて(変調)音響合成をする方法です。影響を与える側のオシレーターをモジュレーター、影響を受ける側のオシレーターをキャリアーと呼びます。

変調合成は、キャリアの何を変調するかによっていくつかの種類に分かれます。キャリアの音量を変調する合成方法に、アンプリチュードモジュレーション(AM)とリングモジュレーション(RM)、キャリアの周波数を変化させる音響合成の方法を、フリーケンシーモジュレーション(FM)と呼びます。

変調合成1 – 音量の変調 AM、RM

AMとRM変調は、モジュレータのオシレータでキャリアの音量を変調します。音楽的な用語に変換すると、高速のビブラートとも言えるでしょう。

音量を変調させるAMとRMの原理は、とても良く似ています。その差は、モジュレータの変化の範囲によって決まります。

  • AM: モジュレーターの振幅 0.0〜1.0
  • RM: モジュレーターの振幅 -1.0〜1.0

つまり、モジュレーターの振幅が0を跨いで交差するのがRM、モジュレーターの振幅が0より小さくならない場合がAMとなります。しかし、これだけの違いでも生成される音響に影響をあたえます。実際に音を聞き比べながら試してみましょう。

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左側がAM変調、右側がRM変調です。実際に操作して音の違いがわかるでしょうか?

音だけではよくわからない場合には、右下に用意したFFT(高速フーリエ変換)のスイッチをONにしてみてください。FFTの詳細は今回は省きますが、音の周波数成分を分解して取り出すことができます。実際にFFTをしながら観察してみましょう。

下図がAMとRMの周波数成分の違いを簡単に図にしたものです。AMとRM両者ともに、キャリアの周波数を上げていくとトレモロから徐々に複数の音に分解してきこえるような現象が起こります。この2つの音はちょうどキャリアの周波数を中心に、等間隔に拡がっていきます。

大きな違いは、AMがキャリアの周波数の音が常に保持されるのに対して、RMは中心のキャリア周波数の音は消え失せてしまうという部分です。

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変調合成2 – 周波数の変調 FM

では、次にキャリアの音量ではなく、周波数をモジューレータで変調してみましょう。この周波数の変調はFMと呼ばれ、デジタルシンセサイザーでも広く利用されています。

FMを利用した音響合成は、ジョン・チョウニングを中心としてスタンフォード大学のCCRMA(Center for Computer Research in Music and Acoustics)で1973年開発され、その後ヤマハにライセンスされました。

ヤマハが1983年に発売されたシンセサイザーDX7は、1980年代中頃の音楽シーンで広く使用され、FM特有のきらびやかなエレクトリックピアノやベースサウンドは80年代、一世を風靡しました。

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では、FMをPdで実現してみましょう。

パッチはとてもシンプルです。キャリアのオシレータ「osc~」を準備して、その周波数にモジュレーターの出力を足し算「+~」します。キャリアとモジュレータの周波数、そしてモジュレータの音量を調整できるようにしておきます。

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キャリアの周波数「Carrier: C」、モジュレータの周波数「Modulator: M」、そしてモジュレータの音量「Index: I」を変化させて、その音色の変化を感じてみましょう。

これまでの、加算合成や減算合成、またAMやRMでは得ることの難しかった、とても複雑な倍音成分を含んだ音響が簡単に生成できるのが実感できるのではないでしょうか。FMによう音響合成の大きな利点は、とても少ないパラメータで、非常に豊かな音響を得ることができるという部分です。このため、FMは計算量を非常に少なくすることが可能となり、パーソナルコンピューター、携帯電話、ゲーム機など多岐にわたる機器で現在も利用されています。

FMの周波数特性は、「Carrier: C」、モジュレータの周波数「Modulator: M」、そしてモジュレータの音量「Index: I」という3つのパラメータだけで劇的に変化します。下記の図はIndexの数値を変化させていった際の周波数成分の変化を図示したものです。

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下記のパッチはより実用的なFM合成です。1つのキャリアに2つもモジュレータが接続されています。また、キャリアとモジュレータの周波数は、基本周波数からの比率で設定できるように変更されています。

また、パラメータを一気に呼び出せるようなメッセージの仕組みを用意されています。実際にパッチを組む際の参考にしてみてください。

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まとめ

今回は、加算合成、減算合成、変調合成(AM, RM, FM)というデジタル音響合成の代表的な方式を紹介しました。ただ今回はPdのプログラミングの学習と音響合成の仕組み自体にフォーカスしていたため、まだまだ便利な「楽器」というにはほど遠い状態です。

今後は、この音響合成の仕組みをとり入れて、さらにインターフェイスを工夫することで、徐々に便利なオリジナルな自分独自の「楽器」へと進化させていきます。

次回は、サンプリングについてとりあげます。